「積乱雲どころか、タイフーンが居座ってるぜ? ルクレツィアって名前の」
にたにた笑いながら大型モニターの前のソファに陣取っている小笠原がアスカにこそっと囁く。
「何よ、それ? 最近よくここにいるわね、小笠原」
「上でトレーニングしてんだよ」
言いながら、小笠原はあごでしゃくって、大通りに面した窓際のソファを示した。
日本人ではない、長い豊かなブロンドの大人な美女をアスカはそこに見つけた。
大きな谷間も顕わな胸、ミニの白いスーツから伸びるスラリと長い脚線美。
そんじょそこいらの日本のジャリタレには到底かなわない完璧な美女だ。
「あら、こちらは?」
誰にともなくアスカが口にすると、「こんにちは、ルクレツィアよ」とたどたどしい日本語で本人がにっこり。
アスカが英語で話しかけると、ルクレツィアはミラノ放送局の広報部の人間で、今回の工藤の仕事に同行しているという答えが返ってきた。
アスカや秋山たちがNYから戻るのと前後して、工藤や志村らと一緒に日本に来たという。
工藤を振り返ると、電話に向かって何やらイタリア語をぶちまけている。
一方パソコンの前の良太は黙々とキーボードを叩いている。
「ちょっとお、秋山さん……」
アスカは隣の秋山をひじでつつく。
「どうやら台風の目の中に入ってるって感じだね」
秋山はクスクスと笑う。
「笑いごとじゃないわよ。どうすんのよ、暗雲垂れ込めたこの空気!」
やがて良太がハードの電源を落とし、すくと立ち上がった。
「東洋商事、行ってきます」
「おい、ちょ、待て!」
タブレットの入ったブリーフケースを抱えて、ドア口に差し掛かった良太を、電話中の工藤が呼び止めた。
「何ですか? 急いでんですけど」
やけにクールな答えを返す良太に、「戻りは?」と工藤が聞いた。
「わかりません」
とっととオフィスを出て行く良太に、工藤は舌打ちする。
案の定だ。
昨日、志村や奈々と一緒にルクレツィアを伴ってオフィスに戻った時点で、思ったとおりの良太の反応に、工藤は人知れずため息をついたものだ。
以前ミラノで出会った彼女のことを良太が忘れているはずはない。
トレーニングと称して、ちょくちょくオフィスを訪れている小笠原は、「へえ、またゴージャスな美女をお持ち帰りで」と揶揄してくれた。
ルクレツィアはといえば、わかっていてわざと工藤にしなだれかかったりするものだから、良太が切れるのも時間の問題だった。
仕事のつきあいだけだと言ってみたところで、良太は聞く耳を持たないだろう。
良太は良太で、また会えてうれしいとにっこりと微笑みかけられる前に、入ってきたときからすぐにミラノで出会ったルクレツィアだとわかった。
「なるほど、今回はミラノの女ってか、やってくれるねぇ、シャチョー」
などと小笠原にあらためてあてこすられなくても、あちこちにいるかもしれない女の一人が目の前に現れれば、良太は納得せざるを得なかった。
納得したからといって、感情はそうたやすくコントロールできるものではない。
確か、佳乃さんて人もこないだアメリカから来てたよな。
工藤の幼馴染とかって、楚々とした才媛でさ。
ま、そうだな、知ってる限りでは、ミラノ美女や、我侭女優とかいろいろいるけど、選ぶんならおススメは佳乃さんだな~。
工藤もいい年のおっさんなんだからさ、あちこち目移りしてねーで、そろそろちゃんと一人に絞った方がいいと思うぜ、うん!
我ながら自虐ネタも理路整然としてるじゃん。
ジャガーのエンジンボタンをポンと押して、良太は一人頷いた。
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